ダグラスの日記

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こうなりたくないを集めて、こうなりたいを生む

読んだ。

 

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9割以上の人は明確な「こうなりたい」を持ち合わせていないという。そういう人は「こうなりたくない」というサンプルを集め、そこから真逆の「こうあるべき」→「こうなりたい」を生ませよう、とのこと。

 

反面教師から自身のやりたいことを導くには、多くの反面教師による一次情報が必要だという。そして、質の良い一次情報を手に入れるためには、現在の仕事で結果を出すことが最も効率の良い方法となり得るという。

 

自身の年収は付き合う人5人の平均

ixy氏も言っていた。(いつか書くかも)

社会学者の宮台氏も似たことを言っている。「感染動機」説だ。(これもいつか書くかも)

 

誰かの悪口で盛り上がる飲み会や組織なんかにいては人生の盛大な無駄だし、その人々は一生の友にはなり得ない。更に、自身が心地よい環境に身を置いているのであれば、常に居心地の悪い場所にずらしていかなければ反面教師の質は上がらない。選択肢は常に迷ったら辛い方へ取るべきだ。心地よいコミュニティは現状維持を強化してしまうことを忘れてはいけない

異論は特にない。辛いというか、ハードルが高いとでも言い換えておく。

反面教師像を洗い出す→情報を発信する→情報を集める→情報の質を上げる→意図的にずらす(居心地の悪い方へ)→無限ループ

上記の流れが提唱されているが、ここで注意すべき点は、「反面教師像を洗い出す→情報を発信する」の間に「現在の仕事で結果を出す」が隠されていること。実はここで1万時間の法則ともいわれる時間が費やされる覚悟も必要かもしれない。この時間をいかに圧縮・加速するかは一つの鍵になるだろう。

 

運がいいというのは「たまたまその場に居合わせること」

「その場」に居合わせる確率を上がられるだろうか?
おそらく、「その場」に居るかどうかは本人にはその時は分からない。
「その場」とは「振り返るとあそこが重要なポイントだった」と後から思い返すようなものではないだろうか。
では、「その場」に居ることすら全て運なのだろうか?多分そうではない。解決策は、とにかくいつもと違うことをし続けることだろう。どの石ころの中に宝が隠されているのか分からないなら、手当たり次第、石を持ち上げて確認してみるしかない。何も大金を払い事もない。ただマンネリを避ける。同じ店に行かないとか、同じものを食べないとか、普段と違う道を歩くとか、逆方向の電車に乗るとか。そんなことから始めてもいいのかもしれない。
外出しなくても、例えばネットなら、レコメンドを切る、知らないクラスタを調べる、知らない人に声をかける、なども考えられそうだ。
人から勧められたがイマイチ気が乗らない、というものに一度乗ってみるのも良さそうだ。確実に自分なら避けるようなものだが、少なくとも一人は何らかの価値を感じているものだから、やみくもよりも良い可能性がある。

自分で決めたことで失敗したら、自分自身で立ち上がれる

言い訳できない方が立ち上がりやすい。言い訳できる方が楽そうにも感じられるが、実は逆なのだ。

 

どこまで行っても自分は自分、他人は他人だ。仮に比較しても良いものがあるとするならば、それは過去の自分だけだ

自己完結というか、それでいいのだろう。